十年近く前のことだったか…
「サーモンスープ」は観光で行ったスペイン、マジョルカ島のPortixolというエリアにあるminimarというレストランで提供していたものです。
当時はよく分かってませんでしたが、このPortixolというエリアには、元漁村の雰囲気を活かしつつもシックでラグジュアリーな要素もある、「現代風」のレストランや宿泊施設が進出し始めていたようです。minimarもまた現代風でオシャレな建物で、静かな漁港のそばにあって開放的な造りをしていました。
当時のPortixolはこんなところです。
minimarは格式ばった店ではなくオーナーがキレイ目のカジュアルで接客していましたし、アルゼンチンから来たという若いウェイターさんがめちゃくちゃ爽やかで感じがよい青年だったのが記憶に残っています。他のお客さんはといえば、
黒いワンピースに大きなサングラス、グラディエーター型のサンダルを身に着けたシックな雰囲気のお姉さんが一人、テラスで海を眺めながらまったりお酒を飲んでいるようなお店です。
僕は当時から金もなかったわけですが、それにもかかわらず「旨そう」という嗅覚だけを頼りにそんな店に突入しました。
実際このサーモンスープを含めたセットも、ランチの癖に2,3品で100ユーロする代物でした。
(食べ物の味と値段は正比例しないものですが、今回に限ってはサーモンスープの魅力を表現しきる自信がないので、「高いから美味しい」という雑なロジックを援用せざるを得ないのです。)
そんな物質的にも精神的にも財布的にも風が吹き抜けるレストランで見せられたセットメニューには、肉と魚介系のどちらかが選べる旨があったので、島に来ているのだから当然魚だろう、ということで魚を選択したのです。
そしてそのメインを張っていた料理こそが「サーモンスープ」だったのです。
正直、サーモンスープと聞いて食指が動く人は、年に365回鮭を食べることができる鮭愛好家くらいなもんだと思うでしょう。しかも、日本人である僕にとって鮭といえば北海道やノルウェー産なわけでして、荒々しい北の海のイメージ。温暖な地中海に浮かぶ島で食べるイメージは全くなかったです。
というわけで、セットに含まれていた他の料理の方が気になっていて、
当初サーモンスープに対しては特段の期待を抱いていませんでした。
そんな僕の前にイケメンアルゼンチン人が運んできた皿を鑑賞すると、手のひらの2/3ほどの大きさにカットされた鮭の上にイクラが載っていました。その肉厚なこと。
これほど見事な鮭のブロックは過去にもその後にも食べたことがありません。
早くも僕のサーモン観にコペルニクス的転回が起こりました。
しかも、鮭のステーキにイクラとは、単純ではありますが洒落ています。
どこにでも売ってる食材ではありますが超エリートな親子丼ですよこれは。
流石にシックなお姉さんがチルアウトしているような店が出すものは違いますね。
ですが、同時にある疑問が生じました。
「そういや俺が頼んだのってスープじゃなかったっけ?」
そんな混乱を抱えた僕の目の前で、イケメンアルゼンチン人が皿に液体を注ぎます。
そう、サーモンスープは厨房ではなくテーブルで完成するのです。
まずサーモン・イクラ親子を視覚で愛でさせた後にスープを注ぐという演出だったのです。
鮭そのものの放つ美しさと、「スープじゃなくね?」という混乱からのギャップ効果により、客は食べる直前に興奮度MAXの状態まで引き上げられます。
この一皿、どこから攻めるか…なんて小賢しいことは考えず、本丸の鮭をまず一口。
「中まで火は通っているが全くスポイルされていない肉厚の食感!脂もきつくなくて濃厚、なんだこれ旨すぎる!」
マグロでいえば大トロではなくてヅケ、牛で言えばサシ入りのサーロインではなく赤牛のフィレ的な濃縮した旨みと食感でした…(※いずれも僕には滅多に食べられる代物じゃないですが、あくまでもイメージということで…)
次にイクラと冷製のスープ(おそらくビシソワーズか何かと魚介系の出汁を混ぜている)と合わせて口に運ぶと、
スープの風味と鮭の旨み、イクラのプチっとした食感に肉厚な鮭の弾力とスープの舌触り、それぞれのエッジが重なりつつも拡がり・奥行きを表現します。
これぞ鮭、イクラ、スープの三位一体です。神と子と聖霊です。
こんなものを食わされたらアイヌ人でなくとも鮭のことを「神の魚」と呼びたくなろうものです。
こんな料理を作る人の出す皿だったら、他のも食べてみたい!と思い、翌日もminimarに食べに行きましたww
ただ、他のメニューも普通に美味しかったのですが、これだったら「サーモンスープ」をもう一回味わっておくのだったと、かなり後悔しています。
なぜなら、この奇跡の「サーモンスープ」を提供していたminimarというレストランは既に廃業しているからです。
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